「実家にはちゃんと帰らないと駄目よ」
飲み屋で隣の席に座ったKさんは、わたしにそう忠告した。痛いところを突かれたわたしが、何かあったんですか?と尋ねると、こんな話を聞かせてくれた。
Kさんの学生時代は勉強漬けというよりも実験漬けの日々だったそうだ。入学と同時にそれぞれの班に割り振られ、与えられた課題を気が遠くなるほどあらゆる角度から実験し、得られた数字を元に天文学的な枚数の論文を仕上げる。入学からの4年間、そんな生活の繰り返しだったそうだ。
平日はひたすら実験の毎日で、休日には過去の論文を読み漁るという生活を送っていたKさんには、とても帰省する時間など持てなかったという。
それでも、週に1度は連絡をするという約束を、最初のころは守れていたという。しかし、怒涛の日々に押し流されるうちに、連絡を入れる間隔は徐々に開いていき、1回生の終わり頃にはその約束すら忘れてしまっていた。
そんなKさんが生家に再び顔を出したのは、家を出てから実に3年が経った頃だった。
Kさんの両親は共働きだったので、Kさんは幼い頃から鍵っ子だった。その習慣の名残なのか、実家を離れた生活を送っていても、実家の鍵はちゃんと保管されていた。
ガチャリと鍵を回すと、抵抗もなく扉は開いた。鍵を捻る感覚も、玄関から見える景色も3年前と変わってはいなかった。帰ってきたときはいつも誰も居ないのも、何ら変わってはいない。
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Source: 不思議ネット